海から見た洞海湾




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まちのカルシウム工房のイベント 「洞海湾DE遊ぼう!!」
第二回ワークショップ 「洞海湾に行ってみよう!」 終了しました。


□ 過去  〜 洞海湾ほど北九州の歴史に密着した海はない


古くは万葉の頃、洞海湾にまつわる歌が万葉集に詠まれているし、日本書紀にも西日本の海岸線の要所として洞海湾の存在を明らかにした一文があります。
明治の中頃からは、港湾の整備・鉄道の開通により、筑豊の石炭を扱う日本一の石炭集積港となり、海運交通の要所として大変な賑わいを見せました。
郷土の作家・火野葦平の作品の中では、当時の人々の生活振りの逞しさが活気ある洞海湾の風景と一体的に表現されています。
その後、高度経済成長期(ほんの30〜40年前)においては、八幡製鉄所を中心とする重厚長大産業の最盛期となり、工場に林立する煙突は「七色の煙」と呼ばれ、市民の自慢の種でもありました。
この頃は、地域のみならず日本全体の経済的な成長をリードしている時期でもあったのです。


□ 現在  〜 産業の発展と公害の克服

ところが、産業のめまぐるしい発展による経済的な豊かさは、一方で「公害」という大きな課題を露呈してしまいます。
それまで市民の自慢の種だった「七色の煙」は一転して諸悪の元凶として槍玉にあげられ、工場の廃液により汚染の進んだ洞海湾は「死の海」と呼ばれ、公害の象徴として取り扱われるだけで、もはや人が立ち入ることは無くなってしまいました。

そして現在、その後の環境改善への努力により、水質や大気は随分きれいになりました。今では約115種類もの生物が生息しており、魚もおいしく食べられるのです。

□ 未来  〜 これからの洞海湾に必要なこと


しかし、人々の気持ちは、洞海湾から離れたままです。
解決しなければならないことは色々ありますが、まずは「洞海湾ともう一度向き合う」ことが大切なのかもしれません。

そんな中、「まちのカルシウム工房」のワークショップ「洞海湾DE遊ぼう!」の第二回目イベントが開催されました。今回のイベントは、「洞海湾に行ってみよう!」と題し、船で洞海湾を周遊するというもの。
参加者は、公害を克服した後の洞海湾しか知らない小学生から、60年前の洞海湾を詳しく知っているおじいちゃん・おばあちゃんまで。
参加者全員が、普段見られない「海から見た洞海湾」に、驚きと感動の連続でした!!
洞海湾が、随分身近に感じられた一日でした!!









7月26日午後2時。
若戸大橋の下で集合。
前回参加のおじいちゃん・おばあちゃん達もみんな来てくれました。
まちのカルシウム工房の竹内さんから、今日の活動内容について説明がありました。
ただ船に乗るだけじゃなく、洞海湾について考える課題も出たのでした。

驚いたのは子供達!
乗船後も色んなところを写真に撮ったり、課題に懸命に答えたりと、すごく熱心なのです。
彼等がいれば、将来の北九州市も大丈夫だなと思いました。






いざ、出航!
若戸大橋から、少しずつ離れていきます。








洞海湾の出口方向。
この先が、玄界灘に繋がっているのです。
風は強かったけど、穏やかな海ですね。






洞海湾の奥の方には、皿倉山が美しい稜線を描いています。
右手に見えるのは桂島。
昔、この桂島以外にも、中ノ島や二島など幾つかの島があったそうです。
でも、農地開拓のための干拓や工場用地のための埋立で陸続きになったり、航路の確保のためになくなったりしました。
現在の若戸大橋の下にも、かば島という島があったそうです。

この桂島では大変驚くべきことを発見しました。
詳しくは、この後の写真で・・・。






若松側の西本町あたりに、出っ鼻がありました。亀の首というらしいです。
地形の見た目から、連想する動物に例えた地名は多いですが、ここにもそれが・・・。
洞海湾を眺める場所としては、なかなかのポテンシャルを持った場所かもしれませんね。






黒崎の藤田近くにある城山。
桜の名所としても隠れた人気スポットですし、工場の夜景を見に来るカップル(これって、死語かな?)も多いと聞きます。
横にいたおじいさんから聞いた話では、昔は火山だったらしい!!
隣接する黒崎窯業の敷地内には、今でも噴火口跡が残されているとのことでした。
今度、調べてみたいと思いました。






船は更に湾の奥へ。
このあたりまで来ると、湾の幅は400m程度しかありません。
すれ違う船舶との距離もすごく近い。






三菱化学のメカニカルな工場景観。
工場の風景って、嫌いという人が多いですよね。「公害」の元凶という印象が根強いのでしょうか?

私は個人的には好きです。
ドイツやアメリカには、使われなくなった工場跡を公園にした事例もあります。


シアトルのガスワークスパークを紹介したページはこちら!パノラマフォトをムービー風に見せてくれます。
http://www.vrseattle.com/html/vrlist.php?cat_id=64

ドイツのランドシャフツパークのHPはこちら!
http://www.landschaftspark.de/english/html/nav/mainfraim.html

  ここまでいくと、ちょっと凄すぎ!(笑)
   http://www.hochofenwerk.de/main/index.html
  モノクロームが好きな方はこちらを・・・。
   http://www.nfoto.de/meiderich.html







これは何の工場でしょうか?
すごい迫力がありました。
きれいとか汚いとかを置いといて、カタチだけを純粋に見ると、とても面白いと思いませんか?
これにカラーリングを施せば、鉄腕アトムの中で見た未来の世界に出てきそうなイメージに見えなくも無い。(と思うのは僕だけか?)






工場越しに背景の皿倉山を見る。
これも洞海湾の景観の普遍的な構図です。
メカニカルで固い印象の工場と、美しい稜線を描く山の自然景観。
相反する両者に対峙することによって、ありのままの北九州市が見えてくるような気がします。






この奥が黒崎泊地。
黒崎副都心に隣接する海でありながら、全くパブリックアクセスが取れない。
いや、アクセスできないのではなくて、アクセスしようと思う人がいないという方が正解かもしれません。
中心市街地からの距離や位置関係など様々な要素を考慮すると、洞海湾を「市民の海」として取り戻すために、「カギ」となる場所なのかもしれません。






港の一風景。
後に積み上げられた砕石のようなものはなんだろう。
鉄鉱石のガラでしょうか?

この方たちは、毎日洞海湾と向き合って仕事をしてるんですね。
洞海湾に対して、どんなキモチを持っているんだろう。






桂島まで戻ってきました。
本日はスペシャルサービスで、新日鉄八幡泊地に入っていきます。






桂島です。
驚くべきことというのは、これ!!
なんと砂浜があるんです。
他の大半はコンクリートで固められた人工海岸でしたが、ここだけは僅かですが砂浜と岩場がありました。
同行したおじいちゃんの中には、昔この辺りで貝掘りや海水浴をしたことがあるって言ってました。
おじいちゃんは、懐かしさにしばし感動されておりました。






海から見た東田地区。
高炉のモニュメントに「1901」の文字が・・・。
ここでも背景には皿倉山の緑がすぐ後まで迫っています。
どうやら洞海湾を考える場合、皿倉山は切り離せない存在のようです。






新日鉄の工場に接岸していた船。
パナマ船籍でした。
船って、ただ見てるだけでも胸が躍りますよね。

話は飛びますが、「関門海峡の魅力は、往来する船舶にある」ということを書いてあった文章を読んだことがあります。
静止した風景の中をゆっくりと航行する船は、単に図像に動きを与えるだけでなく、港の力強さを表したり、時間の経過やうつろいを表現したりするのでしょう。






スペースワールドの観覧車。
左に見えるのは東田温泉でしょうか?
この辺りは、水辺まで近寄れる海岸が徐々に出来てきたエリアです。







参加者のおばあちゃん達。
60年前の洞海湾と現在の洞海湾を比べて、色んな面で感動されていました。
今回の課題の中で、一人3枚のポラロイド写真を撮って良いことになってたのですが、おばあちゃん達、ずいぶん沢山撮ってましたね。(ばらしちゃった・・・)
お孫さんに土産話を聞かせてくれたでしょうか。






おばあちゃん達にとっても、子供達にとっても、とても楽しいイベントでした。
いい笑顔してますね!
写真を撮ってくれって何度も頼まれましたが、僕のカメラはポラロイドじゃないんですよって。
「あら、出ないの」って残念そうでした。
次回のワークショップ(8/23)の時に、大きめにプリントアウトして持っていきますね!



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